2009年4月

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カーンヴィル (5)
* ブログを数日さかのぼって、カーンヴィル(1)から続けてご覧いただけます。

さて、いよいよカーンでの1DAYトリップも終わりです。
山陰の場所は、かなり薄暗くなって来ました。




帰り道の途中、オニックスという小さな町を通り過ぎました。
画像は、この近辺唯一のジェネラルストア。いわゆる雑貨屋さんですね。
こちらは、1851年からある、古い古いお店です。

昔は、こういった雑貨屋さんが、郵便局代わりでしたし、
卵やミルクのデイリー食品から、パンや小麦、お砂糖、
そして農具やお洋服まで、何でも取り揃えていました。












そして、一瞬、???と思って車を思わず止めてしまった場所があります。


こちら、昔のおうちの跡なのですが、どうしてこんな姿になってしまったのか。。。



石造りの暖炉が2つ、そして、敷地のまわりにある納屋などは無事です。
雷が落ちて焼けてしまった跡なのでしょうか?











レンガや川辺の石を積み上げた暖炉から、とても大きなお家で
あったことが分かります。











グランドピアノの焼け焦げ。












キッチンのストーブも、静かにそこにあります。








石炭をくべてあったバケツの跡。。。。










のどかな一日のあとでこれは、ちょっと悲しい光景でした。




でも、なぜこうなってしまったのか?ここにいた人たちはどうしたんだろう?




と、また私の想像を果てしなく、膨らませる光景でもありました。。。








まだ西日の当たる山間に出て、農場をいくつも通り越して行きました。

行きに出会った、熱い視線の牛さんは、もうお家に戻ったようです。
カーンヴィル (4)
* ブログを数日さかのぼって、カーンヴィル(1)から続けてご覧いただけます。

さてさて、こちらは、カーンヴィルの自然風景です。

カーンヴィルの町の中心は、もともとは、この湖の底にありました。
あとからダム(湖)建設のため、町はさらに奥地へと移ったのです。

湖の水かさが低くなると、昔の町の跡が、現れるそうです!!
ビックリです!









きれいな紫色のお花が、風に揺れてきれいです。














ゴールドラッシュで、この地に移り住んだ人はいたものの、
金鉱の絶えた今、町の人々は、魚釣りにやって来る、
観光客相手のビジネスで、暮らしています。













釣りをしなくても、見ているだけでも美しい川辺でした。

ちいさなお魚が川底に透けて見えていましたよ。















じーっと川の流れを見つめていますと、
頭の中がカラッポになります。。。気持ちいいです。







ふと岩の上を見れば、てんとう虫が。。。

日が傾いて来ました。 そろそろ帰途につきましょうか。

川の流れと鳥の鳴き声しか聞こえない、のどかな山奥の春でした。
カーンヴィル (3)
* ブログをさかのぼって、カーンヴィル (1)&(2) のお話の続きです。

さて、こちは、カーンヴィル・ミュージアム、町の歴史資料館です。

西部劇風な建物です。






外にあるこの5円玉が巨大化したような、石。。。

わたしの想像ですと、石臼。穀物などをひいたものかと思うのですが、、、

真相は調べておりません。m(_)m 









こちらは、昔の郵便局の私書箱。

今のものとあまり雰囲気は変わっていないようです。












そして、キャッシュレジスター。

すごい、デコラティヴ! 豪華な模様入りです。



この他にも、昔の生活で実際に使用されたもの、
1800年代中ごろの、この地の人々の日常がわかるようなものが、
たくさん展示されていました。


おなじみ、ソーイングマシーンに、スプールキャビネット。


さて、1番したの画像は、、、何でしょう?
8角形の木製キャビネット、ミルクガラス・ハンドル付。

こちらは、ハードウエア(工具用部品入れ)だったそうです。
おもむろに、床において展示?されていますし。。。笑

ふむふむ、なんて、説明文などを読んでいましたら、突然、

ほら、クローズするから、出て行って頂戴!!

と、管理のおじいさん元気に登場! まだ4時ですが、閉館時間でした。涙

明日、早く来たら、特別にオープン前に入館させてあげるから。

って、おじいさん。 開館時間無視ですか? 笑
カーンヴィル (2)
* ブログをさかのぼって、カーンヴィル (1)からのお話の続きです。



砂漠を超え、丘を超え、山を越えて、湖を超え、
山間のきれいな川沿いにある町、カーンヴィルに到着しました。
2時間くらいのドライブにしては、かなり地形に変化がある道のりでした。



学校のグラウンドを一周するくらいのノリの、ちいさな町の中心です。



20件のお店があるかないかです。

そして、そのうちの半分は、アンティークショップ!

さらに、そのうちの数件は、お休み。
(田舎のショップは、いつもこんな感じ。。。)

そして、残りも午後4時30分には、閉店時間!!


夏時間で日も高いのですから、がんばろうよ~と思う
私のココロとはうらはらに、のんきなショップ・オーナーさんたちは
のんびり新聞を読んだり、近所の何々さんが、具合悪いらしいよ、
なんて電話で話していたり、のどかな村の一日という感じです。



通りの建物は、西部劇に出てきそうな古い印象です。



この町の中心は、1848年に、もっと川の下流にあった集落が
ダム建設で、この上流に移ります。

ゴールド(金鉱)が発見され、全米のみならず、
世界中からカリフォルニアへ人々が殺到した
カリフォルニア・ゴールドラッシュと同じ時期です。

この町付近でも、地元でウィスキーが生産され、バーが並び、
金鉱発掘作業で疲れた一攫千金を夢見る、男の人たちののどを潤したそうです。



今でも、町を流れるカーン・リバーでは、川の中に多少のゴールドが
残っているらしく、金鉱発掘作業の権利を売買したりしているようです。
(あまり、残ってはいないでしょうが。。。)




三角屋根で、きれいに修復された昔のおうちがありました。
背景になる山が印象的でした。こちらは、きっと100年以上前から
変わっていない景色なのでしょう。








リバーサイドには、B&B ベッド&ブレックファストもあるようです。





しーんと、しずかな空気の中、青い空がきれいです。





これから、地元の資料館と、川辺を回っていきます。 
カーンヴィル (1)
週末に砂漠を超え、人口2000人足らずのちいさな山間の町、
カーンヴィルへ向かいました。予定では、車で2時間くらいで到着のはず。

カーンヴィルは、カリフォルニアを南北に連なる、
シェラ・ネヴァダ山脈の南に位置します。

1845-46にかけて、東より大陸横断してきた、
カーンさんという写真家がこの地に定住し、
カーンヴィルという名前が付きました。←そのまんま。

その後、カリフォルニア・ゴールドラッシュ、ダム建設のための町の移転、
などなどを繰り返し、今も、山間にひっそりとあるちいさな町。
それが、カーンヴィルです。

画像は、まだまだ砂漠の道中ですが、ポツポツと、
ゴーストタウンがいたるところに見られます!
すべて、ゴールドラッシュ時に出来た、ちいさな集落の名残です。
今は誰もいません。。。。と、思っていたら、

そのうちの1つの町ごと全部を買い取って、移り住んだ方が
います! 誰もいない空き家が10件くらい並ぶ土地を退職後
購入し、今はアンティークショップ経営している方がいました!

外には、なんと昔の馬車まで停まっています!
お店は、ヴィクトリアンの家具が中心でした。



さらに進んでいきますと、壊れかかったバーンなども見えます。



砂漠を終え、山の中に入って行きます。平らな土地は
すべてファームで、牛さんもたくさん、たくさんいました。


あといくつ山を越えたら到着するのか、、、。


カーブの多い道に、ちょっと運転酔いしそうなのをガマン!
しながら進みます。


あんた、何見てるのよ!!

と、この牛さんに言われたような気がしました。
(本当に、すごい視線でじいーっと見つめられたのです。。。)笑

次回は、カーンヴィルのちいさな町の様子をご紹介します。
リトル・レッド・スクールハウス
本日は、ダンナの父の船が停泊しているハーバーまで
山を越えて、行ってまいりました。

いいお天気でクルージング!!というわけでもなく、
お船のメインテナンスの手伝でやって来たダンナです。

実際、とても風の強い日で、ハーバーに停泊している船は
みんなお休みモード。たまに、ヨットなどが行きかうくらい。
あまり、人気もありませんでした。


義母もわたしも、ボケーッとその辺を歩いたり、
早く彼ら終わらないかしら?なんて感じで、待つこと数時間。

ランチを食べたり、結局午後になり、全て終わりました。






日のあるうちに帰れるから、山間のフルーツスタンド(フルーツの直売店)
へ行こうね!と、まるでそれだけが楽しみで、ついてきたのか?
と、思わず自問してしまうような私ですが、意気揚々と帰途につきます。




オレンジ畑の中を走っていきます。




のどかな農場や、パームツリーの栽培!(カリフォルニアらしいです)
をしている土地などを横目に、何軒もある、フルーツスタンドの
中から、今日はここにしよう。と車を停めます。








こちらのお店の裏は、全て広大なるオレンジ畑です。
畑から続いて、オレンジを計ったり、箱につめていくコーナーがあり、
その前にお店を構えています。


まさに、摘みたてがどんどんお店に並んでいきます。


ボコボコと大きなオレンジや、グレープフルーツの入ったダンボール箱。


ダンボール1箱、6ドルと表示されています。


グレープフルーツ12個くらいは入っていそうですね。
オレンジなら2ダース、24個はあるでしょう。


こんなにいらないよ~~~、と嬉しい悲鳴をあげながら
結構、買っちゃってる、お客さんたち。笑


わたしたちは、ポテト、アボカド、ズッキーニ、そして、たくさんのイチゴをゲットしました。




でも、何よりもカラッと晴れたお天気、そしてフルーツ畑に囲まれた
豊かな土地の空気を吸っているだけで、元気が出で来るようです。



大量に積まれている古ぼけた木箱たち。

オレンジの収穫用の箱のようです。








お店の横には、ベンチなどもあり、バラやラベンダー、
色とりどりのお花のコーナーもありました。
ここで、買ったばかりのフルーツを
おやつに食べているファミリーもいます。






買い物を終え、車の中、フルーツの匂いが広まって、
まるで、アロマセラピー状態!?で、上機嫌で道を進みます。











あっ!と叫んでいるうちに、過ぎてしまう景色ってありますよね。






ここを通る度に、あっ!と叫び、いつも通り越してしまっていた、
赤いヴィクトリアンの建物へ。前から、可愛いな~っと思っていた
ちいさな建物です。





正式名をサンタ・クララ・スクールハウスという、この建物は、
その昔、この近辺の農家の方々が、子供たちに、きちんとした学校を!
と希望して建てられたものです。1879年が始まりだそうです。



最初は、ちいさな1つの教室に、学年もバラバラな子供たちが一緒に
お勉強をしたそうです。寒い日でも、(靴がなく)裸足で歩いて登校する
子供たちもいたそうです。 

この学校最初の先生は、ミス・セワード、という女の先生だったそうです。


赤毛のアンとか、大草原の小さなおうちのローラの行った学校
みたいだったのでしょうか。



1896年に、現在のこの可愛いベルタワー付の建物が完成します。




オレンジ畑の広がる山間にある、赤い可愛い学校。




ヴィクトリアン・チルドレンたちが、地元のおさななじみたちと通った学校。




そして、現在も、たくさんの小学生たちが、
このリトル・レッド・スクールハウス(通称)へ
昔と変わらず、毎日通っています。

今でもシッカリ現役の小学校でした。 なんだか、嬉しい!笑
ちょっと日本
太平洋側のカリフォルニアに来て、あらためて思うのは、
内陸部と違い、本当に世界中のものが溢れています。

もちろん、日本からのものもたくさん見つかります。

1800年代にお船に揺られてやって来た、最初の日系一世たち。
うちのダンナは、半分日系で、日系4なります。
一体最初の先祖はいつ来たのか!??

東海岸と違い、歴史が浅いこちら西海岸。
カリフォルニアで、5代、6代、と古い家系はそうありません。

彼らは、日本だけでもない、また白人社会のまねでもない、
彼ら独自の文化・歴史をこの新天地で築いてきました。

もちろん、戦争時の激しい差別・強制収容所での4年間の生活にも耐え、
この土地でのカッコたる地盤を築いて来たのです。

そういった日系人の先輩たちのお陰で、後からやって来たわたしたちには、
とても居心地の良い場所、それがカリフォルニア州です。

今更、しみじみ、先人たちに対して、”ありがたい”と思います。

ヘイワは、一夜にして築かれたわけではないのですね。

画像は、ひょんな縁で、わたしのおうちにやって来てくれた
日本のお裁縫箱です。針山がコンパクトに収納可能なところが
気に入っています。鉄の金具使いも素敵。

ムルベリー(桑の木)で作られています。また、釘は使用されていないで
竹で出来た芯が、箱を支えています。明治頃のものと聞きました。

お隣にいるのは、市松人形。ジャンボ市松さんになると
わたしは、ドキッとしてしまうのですが、こちらは、
なんだか穏やかなイメージで、大きさもそれほどではありません。

お顔は、しっとりと落ち着いた感じのお嬢さん。

いずれ、日本へ里帰出来たら、と思っています。