2009年7月

6

お宅訪問
日本から戻ってすぐに、カンザスに行っておりました。

アメリカ大陸をまたまた車で半分程横断。

はい、この画像の風景のように、何もない(特にテキサスと
カンザスは平らで何もありません。。。)フリーウエイを
2日間走ります。

途中で寄った町など、半年ぶりであるにも
かかわらず、かなり風貌が変わっていたり
ちょっと不思議な気もした今回の旅でした。

さて、帰り道、初めて通る田舎道になにやら看板が。

なんとこちら、ドロシーのお家なんだそうです。
オズの魔法使いのドロシーですね。



もちろん架空の人物であり、このお家もどうして
ドロシーのお宅に指定されたのかは謎です。



お庭には、ペラペラの着せ替え人形みたいな
ドロシーが、にっこり笑ってお出迎えです!!笑





こんなおもちゃみたいな、アトラクション?でも、
果てしなく続く原っぱの中にありますと、
なぜかありがたみを感じます。笑 


そして、ベニヤ板を切り取って、一生懸命ドロシーや
犬、かかしなどを作っていった、町の人々のことを思うと、
なんだか素朴で、いいなあなんて思ってしまいます。笑

それに、夏のカンザス、お庭の芝などものすごい
勢いで伸びていきます。このドロシーのお家は、
きちんとお手入れされていて、町の人がプライドを持って
お手入れしているのが伝わります。




おうちの横には、ライオンやカカシなどもおります。
木陰で涼しそうですね。







素朴でちいさな、アメリカン・カントリーらしい古いお家。
イメージは合っていますね。










でも、私の目を大きく開かせたのは、
ドロシーの家のお隣さん!

真っ白で大きな素敵な邸宅!

玄関からして、つくりが違います。

こちらは、今は町のミュージアムとのことでした。

左右、まったく違うつくりのお宅を拝見して、
やっぱりドロシーは、ちいさな三角屋根のほうが似合うんだ、
と納得して高速道路へと戻りました。

わざわざ高速より降りたかいがあったのか、、、、?

それは謎でございます。笑
信濃路 ~善光寺&参道レトロ建築~
里帰りブログ、今回で最終ですが、長野観光定番!善光寺です。

善光寺の歴史は古く、約1400年前にさかのぼるそうです。
宗派を問わず、全ての人々を受け入れる国宝指定のお寺です。

長野駅から善光寺まで、徒歩でもOKですが、
何気に上り坂で、暑い日などは行きは長野駅前よりバス(100円!)
お参りの後は、参道を歩いて下りながら、お店チェックも楽しいです。




善光寺の山門です。巨大な山門。蒸し暑い日でしたが
ここだけは別。気持ちの良い風が吹き抜けています。






三角屋根の本堂。
こちらの本道は、1700年代初めに建築されたものだそうです。
今年の5月末まで善光寺ご開帳で、ものすごくにぎわっていたそうです。
わたしは、10日遅れでした!(6月にいったので。。。)

以前は、親と車でやって来て、本堂参拝をし、
用事が済めば、さっさと裏の駐車場から帰るパターンだったのですが
今回は、善光寺がはじめてのだんながいます。
心行くまで、お寺の敷地内を歩きました。笑

針供養などの石碑や、善光寺信仰を重んじていた
徳川家のため、徳川の大奥女性達がおまつりされていたり
真田家のお墓など、武家関係のものも多くびっくりしました。

そして、お庭の池には、、、、亀がすごいいます!
目を細めて?甲羅干し中。

そういえば、わたしが覚えている限り、
この池には、亀がいつもたくさんいました。
本当に、わたしが子供の頃から。。。。

まさか同じ亀も生きていたりするのでしょうか?
(亀は長生きだから???)

善光寺まで来て、亀のことを一番考えてしまった私。笑

参拝を終え、駅まで歩いて行くことに。

おなかがすいたので、飛び込みで参道にあった
お蕎麦屋さんに入ります。

観光地のご飯は、当たり外れが大きいと思うのですが、
今回、幸運にも大当たり!!新鮮な戸隠産のお蕎麦です。

色が薄めなのは、質の良いそばの実の上のみを
使用したそば粉だから。そして、そば粉で出来たおだんごも、
甘いお味噌をつけて頂きました。

てんぷら蕎麦もおいしかったそうで、だんなも大喜びです!
大満足で、二人ともサイコーに上機嫌です。(単純)




おなかいっぱいになった後のお散歩は、幸せです。笑






こちらは、お香屋さん。すてきな昔の造りのお店です。









横道に入りますと、蔵を改造して、素敵なショップにしているところが多かったです。








これは像!? 鼻から水が出るとか、何かあるのでしょうか??
古いもののようです。消火栓とか?








同じお宅の戸口上には、元気なつばめの邸宅がありました。
ダンボールの紙を下に取り付けてあげて、通り行く人に
フンが落ちないよう配慮されています。巣もそのまま安泰ですね。
なんだか、ほのぼのする光景でした。





そして、わたしが、おっ!と思ったこのホテル。
御本陣藤屋さん。




江戸時代からある由緒正しい旅館で、その昔は、
加賀百万石・前田家指定の、善光寺参り用宿舎だったそうです。




こちらの洋館は、1925年築です。大正ロマン~!




実際にロビーなどちらっと見た分には、とても良い雰囲気でした。
カフェやレストランを利用しようかとパンフレットを見ましたが、
さすがにお蕎麦の後で、すでに満腹。
何も食べられない状態です。ニガ笑。




また今度の楽しみに。。。












以前は全然気が付かなかった、レトロなレンガの建物が目に付きます。






みんな大正時代くらいの建築でしょうね。






ちょっとした小道など、アメリカの古い町みたいです。






え?ここは善光寺さんの参道わき?と目を疑ってしまいます。







そのまま駅に帰らず、気が付いたら参道からそれて
あっちだこっちだと、好き勝手に歩いていました。


子供の頃のかすかな記憶を頼りに、
祖母と手をつないで歩いた商店街を通り、
思い出探しをしているうちに、大雨に降られました。笑





雨に濡れた長野市のマンホール。
名産のりんごの実と(多分りんどう)の花でした。
信濃路 ~戸隠・奥社~
日本里帰りの旅、今回は、戸隠神社です。

戸隠神社は、その戸隠山の麓に、奥社、中社、宝光社
九頭龍社、火之御子社、と、五社からなりたつ
1000年以上の歴史ある、由緒正しいお社です。

長野駅からバスも出ていますし、お車でなくても
充分に自然を満喫できるコースです。

中社や宝光社も、もちろん素晴らしいのですが、
どうせ戸隠まで来たら絶対に奥社!!奥社にいかないと!
というくらい、私にとっては大好きな場所です。

奥社のお社自体は、山の頂にあるので、それ程大きなものではありません。
でも、樹齢何百年の杉並木が並ぶ参道を歩いていると
まるで現実世界を忘れてしまうような不思議な感覚にとらわれます。

さあ、参道の入り口の鳥居が見えてきました。出発です!

奥社が初めてのオットは、これから先に何があるかの
予備知識もないので、もう、すでに自然に感動して写真をとりまくり!
まだ入り口ですよ!先は長い!!

そうです。奥社への道は、片道40分くらいはかかります。
おまけに、だんだん急な勾配になっていく、
ちょっとしたハイキングコース並なのです!

初めて行った時は、いつ着くのかもわからず、
一体この参道に終わりは来るのか?と思ったものです。。。笑

戸隠神社は、霊験あらたかと聞きますが、
この参道を森林浴をしながらもくもくと歩いて行ったら、、、
お社に着く前に、すでに身体の中の悪いものが、
汗と一緒に全て流れ出ていきそうな、そんな気がします。

周りの緑も鮮やか。






見事な杉並木です。












木の根っこには、動物の巣でしょうか?
ハート型の洞穴あり。笑






足元に気をつけながらも、空を仰いで、
まわりの木々や水の流れに感動せずにはいられません。






。。。もくもくと進むこと数十分。





さあ、いよいよ見えてきました。

最後の(心臓やぶりの丘)ならぬ、奥社への階段のはじまりです!
これがまた、続きます。。。笑

お年寄りなどは、もうこのあたりで、かなりつらくなり、
もう、いつまでこれなのーと叫んでいます。
知らない人たちが、もう少しだよ、ここまで来たら絶対に
頑張らないと!と励ましている声も聞こえました。




急な階段を上り終えると、やっと奥社の姿が見えてきます。

でも、そこへたどり着くまでには、まだまだ階段があります!






最後は、ちょっと息切れをしながら、登りきりました!






お社の裏側に、洞穴のような岩があるのですが、
そこから冷たい風がすーっと吹いてきます。





気が良いというのでしょうか。疲れも一気に吹っ飛び、
身体が軽くなったような気分です。





お参りを済ませ、家族へのお守りを選び、
登ってきた階段を振り返ると、くらっとするくらい
高いところまで来たのが分かります。





でも、奥社のその向こうには、さらに高く険しい山が
見えます。もののけ姫に出てくる舞台のような、
大自然の中。こんなところにいたら、妖精も神様も
森の精も、戸隠伝説に出てくる天狗も、何でもあれ!
と思ってしまいます。








6年ぶりの戸隠でした。


オットの中では、今回の旅の中で一番ヨカッタ場所だそうです。








参拝前に道路で撮ったもの。
戸隠は小鳥のマンホール。笑
信濃路 ~小布施~
長野駅から東北へ、チンチン電車で数十分、やって来ました小布施町。
初めてこの町に来たのは、私がまだ小学校に入ったばかりの頃。
栗が名産で、栗にちなんだ銘菓や、昔、宣教師が建てた
チャーチと病院、などを覚えていました。






今は、栗の木はあまり残っていないようですが、
昔の瓦屋根に漆喰・土壁など、古い建物の並びを見て、
ああ、小布施に来たんだな、なんて思います。















*写真は、戸隠の蕎麦茶、そして、竹風堂の栗ようかん。
栗のつぶが小倉ようかんに、どん!ではなく、
生地に練りこんであるのが特徴かと思います。
甘すぎず、栗の風味がふんわりと、大変上品なお味です。
今は、東京駅などJR主要駅でもお求め頂けると思います。






全国的に、それ程有名な観光名所ではないと思うのですが、
それでも、セーラ・カミングスさんが、(小布施の造り酒屋・枡一さん社長)
積極的に小布施PRを行い、かなり有名になったかもしれません。

私が小学校の頃は、栗菓子で有名な竹風堂さんで、
すっごくおいしい鮎の塩焼きに栗おこわ定食などを頂きました。
(今は、この定食の鮎は甘露煮になりました。。。)
また、昔の母屋がレストランで、古いお屋敷は雰囲気抜群、
苔むした、しんとした日本庭園など、子供心に強烈な印象を残しました。

現在では、母屋から見たとなりの敷地に、後から建築された、
大きな栗菓子のショップ、カフェ、レストランがあります。栗のソフトクリームも。

←こちらの可愛い栗マークは、小布施堂さん。
こちらも栗菓子で有名です。






敷地内を流れる用水路すら、風情があります。
鉄分が多いのか、このあたりの滝も用水路の底も
茶色く赤っぽいです。お水はクリアできれい。

昔は、どこの町にもあった光景なのでしょうか。





さてさて、こちら、ダンナ撮影のマンホールのふた。笑

葛飾北斎画みたいですよね。こちらは、まわりの石畳のように
見えるのは、全て栗の木で出来たブロック。栗の小道と呼ばれています。
その横には、葛飾北斎の美術館があります。

小布施は、葛飾北斎が親友をたずね、老後に長く滞在した町。
東京から、何度も訪れていたそうです。
ですから、町のいたるところに、彼の作品が残されていたのです。
山寺の天井一面、お祭りのおみこしへの飾り画。。。
どれも大きくて迫力ある作品たちです。

この日は、気温も高く暑さに弱い私は、もうクラクラ。
おまけに日曜日だったので人も多く、ちょっとビックリ!
さっさとメインストリートを離れ、この小布施出身である祖母の生家へ。
白壁の蔵のような造りの建物、あった、あった、変わっていません。

祖母の実家は、その昔、一階が呉服屋さんで、
二階が、いわゆる金貸しだったそうです。
時代劇に出てくる、いじわるな商人を想像してしまうのは
きっと二階のほうの商売のイメージでしょうか。ニガ笑。

お店のわきにある小道を行きますと、長い土塀の後、
本宅への通用門が見えます。
昭和の初め、祖母はこの家から、長野市の和菓子職人へ嫁ぎ、
のちに、祖母の弟がこの家の主となりました。

祖母も祖母の弟も亡くなった今、ほとんど親戚付き合いも減り、
この家の前を通りかかっても、挨拶しないで写真だけ撮って
通り過ぎてしまうというとんでもない親戚、、、とは私です。
ごめんなさい!



でも、この後、菩提寺へ直行し、ご先祖様のお墓参りを済ませて来ました。
信濃路 ~雷滝~
長野市の東部にある雷滝という、
激しい流れの滝を見に行きました。











岩山から、勢い良く落ちる流れ、、、
そして、その滝の裏の岩山には小道があり、
滝の裏側を人が通ることが出来るのです。










母は、これは、通称、(ウラミの滝) とも言うのよ、と。
ウラミ(怨み)!?と勘違いした私は、なんて怖いんだ。
とゾゾゾ。 冷や汗ものです。 

ところがそうではなく、(裏見の滝)
要は、滝の流れの裏から見られるのでついた名
とういうことらしいです。ホッ。





滝の裏には、不動明王が祭られていました。
神妙な顔をして、滝の裏を通るだんなです。
でも、外国での生水には気をつけるように、、、
ということはまったく無視。山の水を見るたびに
がんがん飲んでいます。おいしい~~~っ!!!
だそうです。笑 (長野は水道水すら、つめたく名水並です。笑)







流れる水しぶきで、腕や足も濡れましたが、
それもまた楽しく、マイナスイオンがきっと
あふれていますね、本当に気分の良い場所でした。






山道を下りにかかったところで、ぴょんと道路に飛び出してきたのは。。。。

真っ赤なお顔のお猿さん!一瞬びっくりして、逃げようとしたものの、
じいーっとわたしたちの車を見つめています。わたしのカメラに向かって
ポーズをとりじっと止まってくれました。

どうも有難う。笑

前も、このあたりでシカが、車の前に飛び出したことはあります。笑

クマとか、イノシシなどもやって来るかもしれません。







雷滝以外にも、また他の滝があり、そちらにも寄りました。
こちらは、遠くに見えるだけですが、とても長い。。。
緑の中を流れている水を眺めつつ、滝つぼあたり、
一番下はどうなっているんだろう、と、そそられる姿でした。笑
信濃路 ~松本~
6月に長野県に、お里帰りをしていました。

私は、主に関東エリアで育ったのですが
父が長野県出身だったので、祖父母の住んでいた
長野には、幼少の頃は良く行っていました。

まさに、”おばあちゃんち”というイメージの長野県。

どこか遠い記憶にあるような、ないような、イメージの場所。
それが、父の定年退職後、一家まるまる長野県へ大移動!
ゆえに、私のお里帰りは、両親のいる長野県になります。

これから数回に渡って、長野県の素敵な場所を
いくつかご紹介出来たら、と思います。

さあ、まずは、長野県松本市の松本城です!!

このお城、現存最古の五重天守を持つ、国宝です。
一番古い建物などは400年をゆうに超えると言います。

わたしは、確か3歳の時に、ここへ家族と来ているはず。。。
と言っても、記憶にあるのは、”木目の階段”のみ。
あとは、家族写真に松本城があるので、ああ、私はここに
行ったのだな、と知っているくらい。

今回、まさに30年ちょっと過ぎて(笑)戻ってきました松本城!
ああ、そうなのです。このお城、木の階段が半端じゃなく急なのです!!
当時3歳だった私はきっと、母に手をひっぱられながら、
その高い階段をよじ登ったに違いありません。

今回は、オットと母の前後に立ち、彼女のちいさなその体が
安全なように、階段から落ちないように、気をつけながら
天守閣まで行きました。
(母本人いわく、”老人扱いされると本当に年取った気がする”)笑

戦国時代に築城された松本城は、外敵から守るために、
窓も小さく、暗い閉鎖的なお城です。外側からは5階に見えるのに
実は、ほとんど窓のない敵からはわからない階もあり、ホントは全6階。

後に平和な世になってから、開放的な赤い手すりのついた
”月見やぐら” を増築しています。その名の通り、お月見を優雅にする
東南の角に作られています。 

こちらは、江戸から信州へ善光寺参りを予定していた
徳川の将軍さま(家光かな?)を招くのに、
当時の松本城主がわざわざ増築したそうです。
でも、将軍は、善光寺参りをキャンセル!!
結局将軍が、松本城にやって来て、このやぐらから、
お月見をする事はありませんでした。(松本のお殿様お気の毒)涙。



まるで登山のような、天守閣へののぼり階段を終え、
東西南北から、さーっと気持ちの良い風がお城の
最上階を吹き抜けます。






そして、一望できる松本市内、、、、お、あれは、重要文化財の
旧開智学校 ではありませんか!わたしの大好きな明治の西洋建築です!
正確には、西洋風にまねて作った、擬洋風建築ですか。

明治6年に出来た文明開化の学校!
英語のクラスまであり、長野県で英語が学べたのは
当時、この学校だけだったそうです。

松本城も、この旧開智学校も、長い歴史がありますが、
その間、人々に見捨てられそうになったこともあったり、
(松本城は、柱がくさって、城全体が傾斜したり、
競売にまで出される寸前だったこともあるそうです!)

でも、必要な修復を重ね、心ある地域の人々の協力のもと、
生き残ったわけですね。町の人々がお城や学校を守ったように、
今度は反対にこのお城と学校が、全国から人々を集め、
この町の経済を守っています。











お城の後は、となりの博物館へ。



素朴な昔からの土人形や、農具の展示、
そしてレトロな昭和の雑貨などを見ました。

素朴な農具を見ていると、いつかカンザスで見た
アンティークの農具の様子などを思い出したり・・・。
温かい木の感覚など、どこも世界共通の魅力を感じました。
。。。と言いつつ、横の画像はウルトラマンですみません。笑




羽子板。





最後の画像は、名産の手毬、の模様入りの
マンホールのふた。。。  (だんな撮影)笑