オキュパイドジャパン

オキュパイドジャパン
太平洋戦争の戦後間もない1945年〜1952年の間、日本で製作され輸出された全ての商品に、オキュパイド・ジャパンと印をすることが義務付けられていました。今では、メイドイン・ジャパンですが、当時はオキュパイドジャパン。日本語で(占領下日本)ということですね。


様々な工場での業務に従事していた人たちは、その印をどう思ったのか。占領下日本の印を付けるのが悔しかったのか、それとも何はともあれ戦争が終わり、安全な中、仕事に通える嬉しさか。。。今では想像でしかない70年以上前の日本の戦後。


私はアメリカ暮らしの時、オキュパイドジャパンのお品を見つける度に仕入れて、日本にせっせと送ったものです。特にカリフォルニア州から、遠いカンザス州に引っ越した時は、本当に地の果てに来ちゃった感が強く(笑)とても寂しかった時期がありました。
(★キャラメルの大昔のアメリカ時代のブログ参照)


その頃、オキュパイドジャパンを見ると、日本生まれでアメリカに来て、その後アメリカのど真ん中(私の中では地の果て笑)のカンザスまで来た私と一緒だなあ、と自分と重ねて仕入れていました。もちろんお人形やフィギュリンはとても可愛いから♪だったのですが、お品が売れて日本に送り出せる時は本当に嬉しかったです。まるで自分が帰国するかのような。笑


そんなことを思い出しながら、今は日本にいる私。アンティークやヴィンテージのお里帰りの日本製海外輸出品と同様、いろんな経験をして、いろんな場所に行って、帰って来ました。きっとお人形さんやフィギュリンたちも、みんな持ち主に愛されて、案外楽しい海外生活だったのかもしれませんね。笑

#オキュパイド・ジャパン
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