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613

お宅訪問
日本から戻ってすぐに、カンザスに行っておりました。

アメリカ大陸をまたまた車で半分程横断。

はい、この画像の風景のように、何もない(特にテキサスと
カンザスは平らで何もありません。。。)フリーウエイを
2日間走ります。

途中で寄った町など、半年ぶりであるにも
かかわらず、かなり風貌が変わっていたり
ちょっと不思議な気もした今回の旅でした。

さて、帰り道、初めて通る田舎道になにやら看板が。

なんとこちら、ドロシーのお家なんだそうです。
オズの魔法使いのドロシーですね。



もちろん架空の人物であり、このお家もどうして
ドロシーのお宅に指定されたのかは謎です。



お庭には、ペラペラの着せ替え人形みたいな
ドロシーが、にっこり笑ってお出迎えです!!笑





こんなおもちゃみたいな、アトラクション?でも、
果てしなく続く原っぱの中にありますと、
なぜかありがたみを感じます。笑 


そして、ベニヤ板を切り取って、一生懸命ドロシーや
犬、かかしなどを作っていった、町の人々のことを思うと、
なんだか素朴で、いいなあなんて思ってしまいます。笑

それに、夏のカンザス、お庭の芝などものすごい
勢いで伸びていきます。このドロシーのお家は、
きちんとお手入れされていて、町の人がプライドを持って
お手入れしているのが伝わります。




おうちの横には、ライオンやカカシなどもおります。
木陰で涼しそうですね。







素朴でちいさな、アメリカン・カントリーらしい古いお家。
イメージは合っていますね。










でも、私の目を大きく開かせたのは、
ドロシーの家のお隣さん!

真っ白で大きな素敵な邸宅!

玄関からして、つくりが違います。

こちらは、今は町のミュージアムとのことでした。

左右、まったく違うつくりのお宅を拝見して、
やっぱりドロシーは、ちいさな三角屋根のほうが似合うんだ、
と納得して高速道路へと戻りました。

わざわざ高速より降りたかいがあったのか、、、、?

それは謎でございます。笑
信濃路 ~善光寺&参道レトロ建築~
里帰りブログ、今回で最終ですが、長野観光定番!善光寺です。

善光寺の歴史は古く、約1400年前にさかのぼるそうです。
宗派を問わず、全ての人々を受け入れる国宝指定のお寺です。

長野駅から善光寺まで、徒歩でもOKですが、
何気に上り坂で、暑い日などは行きは長野駅前よりバス(100円!)
お参りの後は、参道を歩いて下りながら、お店チェックも楽しいです。




善光寺の山門です。巨大な山門。蒸し暑い日でしたが
ここだけは別。気持ちの良い風が吹き抜けています。






三角屋根の本堂。
こちらの本道は、1700年代初めに建築されたものだそうです。
今年の5月末まで善光寺ご開帳で、ものすごくにぎわっていたそうです。
わたしは、10日遅れでした!(6月にいったので。。。)

以前は、親と車でやって来て、本堂参拝をし、
用事が済めば、さっさと裏の駐車場から帰るパターンだったのですが
今回は、善光寺がはじめてのだんながいます。
心行くまで、お寺の敷地内を歩きました。笑

針供養などの石碑や、善光寺信仰を重んじていた
徳川家のため、徳川の大奥女性達がおまつりされていたり
真田家のお墓など、武家関係のものも多くびっくりしました。

そして、お庭の池には、、、、亀がすごいいます!
目を細めて?甲羅干し中。

そういえば、わたしが覚えている限り、
この池には、亀がいつもたくさんいました。
本当に、わたしが子供の頃から。。。。

まさか同じ亀も生きていたりするのでしょうか?
(亀は長生きだから???)

善光寺まで来て、亀のことを一番考えてしまった私。笑

参拝を終え、駅まで歩いて行くことに。

おなかがすいたので、飛び込みで参道にあった
お蕎麦屋さんに入ります。

観光地のご飯は、当たり外れが大きいと思うのですが、
今回、幸運にも大当たり!!新鮮な戸隠産のお蕎麦です。

色が薄めなのは、質の良いそばの実の上のみを
使用したそば粉だから。そして、そば粉で出来たおだんごも、
甘いお味噌をつけて頂きました。

てんぷら蕎麦もおいしかったそうで、だんなも大喜びです!
大満足で、二人ともサイコーに上機嫌です。(単純)




おなかいっぱいになった後のお散歩は、幸せです。笑






こちらは、お香屋さん。すてきな昔の造りのお店です。









横道に入りますと、蔵を改造して、素敵なショップにしているところが多かったです。








これは像!? 鼻から水が出るとか、何かあるのでしょうか??
古いもののようです。消火栓とか?








同じお宅の戸口上には、元気なつばめの邸宅がありました。
ダンボールの紙を下に取り付けてあげて、通り行く人に
フンが落ちないよう配慮されています。巣もそのまま安泰ですね。
なんだか、ほのぼのする光景でした。





そして、わたしが、おっ!と思ったこのホテル。
御本陣藤屋さん。




江戸時代からある由緒正しい旅館で、その昔は、
加賀百万石・前田家指定の、善光寺参り用宿舎だったそうです。




こちらの洋館は、1925年築です。大正ロマン~!




実際にロビーなどちらっと見た分には、とても良い雰囲気でした。
カフェやレストランを利用しようかとパンフレットを見ましたが、
さすがにお蕎麦の後で、すでに満腹。
何も食べられない状態です。ニガ笑。




また今度の楽しみに。。。












以前は全然気が付かなかった、レトロなレンガの建物が目に付きます。






みんな大正時代くらいの建築でしょうね。






ちょっとした小道など、アメリカの古い町みたいです。






え?ここは善光寺さんの参道わき?と目を疑ってしまいます。







そのまま駅に帰らず、気が付いたら参道からそれて
あっちだこっちだと、好き勝手に歩いていました。


子供の頃のかすかな記憶を頼りに、
祖母と手をつないで歩いた商店街を通り、
思い出探しをしているうちに、大雨に降られました。笑





雨に濡れた長野市のマンホール。
名産のりんごの実と(多分りんどう)の花でした。
信濃路 ~戸隠・奥社~
日本里帰りの旅、今回は、戸隠神社です。

戸隠神社は、その戸隠山の麓に、奥社、中社、宝光社
九頭龍社、火之御子社、と、五社からなりたつ
1000年以上の歴史ある、由緒正しいお社です。

長野駅からバスも出ていますし、お車でなくても
充分に自然を満喫できるコースです。

中社や宝光社も、もちろん素晴らしいのですが、
どうせ戸隠まで来たら絶対に奥社!!奥社にいかないと!
というくらい、私にとっては大好きな場所です。

奥社のお社自体は、山の頂にあるので、それ程大きなものではありません。
でも、樹齢何百年の杉並木が並ぶ参道を歩いていると
まるで現実世界を忘れてしまうような不思議な感覚にとらわれます。

さあ、参道の入り口の鳥居が見えてきました。出発です!

奥社が初めてのオットは、これから先に何があるかの
予備知識もないので、もう、すでに自然に感動して写真をとりまくり!
まだ入り口ですよ!先は長い!!

そうです。奥社への道は、片道40分くらいはかかります。
おまけに、だんだん急な勾配になっていく、
ちょっとしたハイキングコース並なのです!

初めて行った時は、いつ着くのかもわからず、
一体この参道に終わりは来るのか?と思ったものです。。。笑

戸隠神社は、霊験あらたかと聞きますが、
この参道を森林浴をしながらもくもくと歩いて行ったら、、、
お社に着く前に、すでに身体の中の悪いものが、
汗と一緒に全て流れ出ていきそうな、そんな気がします。

周りの緑も鮮やか。






見事な杉並木です。












木の根っこには、動物の巣でしょうか?
ハート型の洞穴あり。笑






足元に気をつけながらも、空を仰いで、
まわりの木々や水の流れに感動せずにはいられません。






。。。もくもくと進むこと数十分。





さあ、いよいよ見えてきました。

最後の(心臓やぶりの丘)ならぬ、奥社への階段のはじまりです!
これがまた、続きます。。。笑

お年寄りなどは、もうこのあたりで、かなりつらくなり、
もう、いつまでこれなのーと叫んでいます。
知らない人たちが、もう少しだよ、ここまで来たら絶対に
頑張らないと!と励ましている声も聞こえました。




急な階段を上り終えると、やっと奥社の姿が見えてきます。

でも、そこへたどり着くまでには、まだまだ階段があります!






最後は、ちょっと息切れをしながら、登りきりました!






お社の裏側に、洞穴のような岩があるのですが、
そこから冷たい風がすーっと吹いてきます。





気が良いというのでしょうか。疲れも一気に吹っ飛び、
身体が軽くなったような気分です。





お参りを済ませ、家族へのお守りを選び、
登ってきた階段を振り返ると、くらっとするくらい
高いところまで来たのが分かります。





でも、奥社のその向こうには、さらに高く険しい山が
見えます。もののけ姫に出てくる舞台のような、
大自然の中。こんなところにいたら、妖精も神様も
森の精も、戸隠伝説に出てくる天狗も、何でもあれ!
と思ってしまいます。








6年ぶりの戸隠でした。


オットの中では、今回の旅の中で一番ヨカッタ場所だそうです。








参拝前に道路で撮ったもの。
戸隠は小鳥のマンホール。笑
信濃路 ~小布施~
長野駅から東北へ、チンチン電車で数十分、やって来ました小布施町。
初めてこの町に来たのは、私がまだ小学校に入ったばかりの頃。
栗が名産で、栗にちなんだ銘菓や、昔、宣教師が建てた
チャーチと病院、などを覚えていました。






今は、栗の木はあまり残っていないようですが、
昔の瓦屋根に漆喰・土壁など、古い建物の並びを見て、
ああ、小布施に来たんだな、なんて思います。















*写真は、戸隠の蕎麦茶、そして、竹風堂の栗ようかん。
栗のつぶが小倉ようかんに、どん!ではなく、
生地に練りこんであるのが特徴かと思います。
甘すぎず、栗の風味がふんわりと、大変上品なお味です。
今は、東京駅などJR主要駅でもお求め頂けると思います。






全国的に、それ程有名な観光名所ではないと思うのですが、
それでも、セーラ・カミングスさんが、(小布施の造り酒屋・枡一さん社長)
積極的に小布施PRを行い、かなり有名になったかもしれません。

私が小学校の頃は、栗菓子で有名な竹風堂さんで、
すっごくおいしい鮎の塩焼きに栗おこわ定食などを頂きました。
(今は、この定食の鮎は甘露煮になりました。。。)
また、昔の母屋がレストランで、古いお屋敷は雰囲気抜群、
苔むした、しんとした日本庭園など、子供心に強烈な印象を残しました。

現在では、母屋から見たとなりの敷地に、後から建築された、
大きな栗菓子のショップ、カフェ、レストランがあります。栗のソフトクリームも。

←こちらの可愛い栗マークは、小布施堂さん。
こちらも栗菓子で有名です。






敷地内を流れる用水路すら、風情があります。
鉄分が多いのか、このあたりの滝も用水路の底も
茶色く赤っぽいです。お水はクリアできれい。

昔は、どこの町にもあった光景なのでしょうか。





さてさて、こちら、ダンナ撮影のマンホールのふた。笑

葛飾北斎画みたいですよね。こちらは、まわりの石畳のように
見えるのは、全て栗の木で出来たブロック。栗の小道と呼ばれています。
その横には、葛飾北斎の美術館があります。

小布施は、葛飾北斎が親友をたずね、老後に長く滞在した町。
東京から、何度も訪れていたそうです。
ですから、町のいたるところに、彼の作品が残されていたのです。
山寺の天井一面、お祭りのおみこしへの飾り画。。。
どれも大きくて迫力ある作品たちです。

この日は、気温も高く暑さに弱い私は、もうクラクラ。
おまけに日曜日だったので人も多く、ちょっとビックリ!
さっさとメインストリートを離れ、この小布施出身である祖母の生家へ。
白壁の蔵のような造りの建物、あった、あった、変わっていません。

祖母の実家は、その昔、一階が呉服屋さんで、
二階が、いわゆる金貸しだったそうです。
時代劇に出てくる、いじわるな商人を想像してしまうのは
きっと二階のほうの商売のイメージでしょうか。ニガ笑。

お店のわきにある小道を行きますと、長い土塀の後、
本宅への通用門が見えます。
昭和の初め、祖母はこの家から、長野市の和菓子職人へ嫁ぎ、
のちに、祖母の弟がこの家の主となりました。

祖母も祖母の弟も亡くなった今、ほとんど親戚付き合いも減り、
この家の前を通りかかっても、挨拶しないで写真だけ撮って
通り過ぎてしまうというとんでもない親戚、、、とは私です。
ごめんなさい!



でも、この後、菩提寺へ直行し、ご先祖様のお墓参りを済ませて来ました。
信濃路 ~雷滝~
長野市の東部にある雷滝という、
激しい流れの滝を見に行きました。











岩山から、勢い良く落ちる流れ、、、
そして、その滝の裏の岩山には小道があり、
滝の裏側を人が通ることが出来るのです。










母は、これは、通称、(ウラミの滝) とも言うのよ、と。
ウラミ(怨み)!?と勘違いした私は、なんて怖いんだ。
とゾゾゾ。 冷や汗ものです。 

ところがそうではなく、(裏見の滝)
要は、滝の流れの裏から見られるのでついた名
とういうことらしいです。ホッ。





滝の裏には、不動明王が祭られていました。
神妙な顔をして、滝の裏を通るだんなです。
でも、外国での生水には気をつけるように、、、
ということはまったく無視。山の水を見るたびに
がんがん飲んでいます。おいしい~~~っ!!!
だそうです。笑 (長野は水道水すら、つめたく名水並です。笑)







流れる水しぶきで、腕や足も濡れましたが、
それもまた楽しく、マイナスイオンがきっと
あふれていますね、本当に気分の良い場所でした。






山道を下りにかかったところで、ぴょんと道路に飛び出してきたのは。。。。

真っ赤なお顔のお猿さん!一瞬びっくりして、逃げようとしたものの、
じいーっとわたしたちの車を見つめています。わたしのカメラに向かって
ポーズをとりじっと止まってくれました。

どうも有難う。笑

前も、このあたりでシカが、車の前に飛び出したことはあります。笑

クマとか、イノシシなどもやって来るかもしれません。







雷滝以外にも、また他の滝があり、そちらにも寄りました。
こちらは、遠くに見えるだけですが、とても長い。。。
緑の中を流れている水を眺めつつ、滝つぼあたり、
一番下はどうなっているんだろう、と、そそられる姿でした。笑
信濃路 ~松本~
6月に長野県に、お里帰りをしていました。

私は、主に関東エリアで育ったのですが
父が長野県出身だったので、祖父母の住んでいた
長野には、幼少の頃は良く行っていました。

まさに、”おばあちゃんち”というイメージの長野県。

どこか遠い記憶にあるような、ないような、イメージの場所。
それが、父の定年退職後、一家まるまる長野県へ大移動!
ゆえに、私のお里帰りは、両親のいる長野県になります。

これから数回に渡って、長野県の素敵な場所を
いくつかご紹介出来たら、と思います。

さあ、まずは、長野県松本市の松本城です!!

このお城、現存最古の五重天守を持つ、国宝です。
一番古い建物などは400年をゆうに超えると言います。

わたしは、確か3歳の時に、ここへ家族と来ているはず。。。
と言っても、記憶にあるのは、”木目の階段”のみ。
あとは、家族写真に松本城があるので、ああ、私はここに
行ったのだな、と知っているくらい。

今回、まさに30年ちょっと過ぎて(笑)戻ってきました松本城!
ああ、そうなのです。このお城、木の階段が半端じゃなく急なのです!!
当時3歳だった私はきっと、母に手をひっぱられながら、
その高い階段をよじ登ったに違いありません。

今回は、オットと母の前後に立ち、彼女のちいさなその体が
安全なように、階段から落ちないように、気をつけながら
天守閣まで行きました。
(母本人いわく、”老人扱いされると本当に年取った気がする”)笑

戦国時代に築城された松本城は、外敵から守るために、
窓も小さく、暗い閉鎖的なお城です。外側からは5階に見えるのに
実は、ほとんど窓のない敵からはわからない階もあり、ホントは全6階。

後に平和な世になってから、開放的な赤い手すりのついた
”月見やぐら” を増築しています。その名の通り、お月見を優雅にする
東南の角に作られています。 

こちらは、江戸から信州へ善光寺参りを予定していた
徳川の将軍さま(家光かな?)を招くのに、
当時の松本城主がわざわざ増築したそうです。
でも、将軍は、善光寺参りをキャンセル!!
結局将軍が、松本城にやって来て、このやぐらから、
お月見をする事はありませんでした。(松本のお殿様お気の毒)涙。



まるで登山のような、天守閣へののぼり階段を終え、
東西南北から、さーっと気持ちの良い風がお城の
最上階を吹き抜けます。






そして、一望できる松本市内、、、、お、あれは、重要文化財の
旧開智学校 ではありませんか!わたしの大好きな明治の西洋建築です!
正確には、西洋風にまねて作った、擬洋風建築ですか。

明治6年に出来た文明開化の学校!
英語のクラスまであり、長野県で英語が学べたのは
当時、この学校だけだったそうです。

松本城も、この旧開智学校も、長い歴史がありますが、
その間、人々に見捨てられそうになったこともあったり、
(松本城は、柱がくさって、城全体が傾斜したり、
競売にまで出される寸前だったこともあるそうです!)

でも、必要な修復を重ね、心ある地域の人々の協力のもと、
生き残ったわけですね。町の人々がお城や学校を守ったように、
今度は反対にこのお城と学校が、全国から人々を集め、
この町の経済を守っています。











お城の後は、となりの博物館へ。



素朴な昔からの土人形や、農具の展示、
そしてレトロな昭和の雑貨などを見ました。

素朴な農具を見ていると、いつかカンザスで見た
アンティークの農具の様子などを思い出したり・・・。
温かい木の感覚など、どこも世界共通の魅力を感じました。
。。。と言いつつ、横の画像はウルトラマンですみません。笑




羽子板。





最後の画像は、名産の手毬、の模様入りの
マンホールのふた。。。  (だんな撮影)笑
ご無沙汰しております。
6月はお休みを頂いて、久しぶりに日本へ帰郷しておりました。

ちょうど梅雨に入った時期でしたが、それ程雨に降られる日もなく、
日本がはじめてなダンナを引きつれ、あちらこちら観光の日々でした。

ちょうど、下火になったとは言え、インフルエンザの騒ぎの影響で、
到着時の成田空港はまったく人気なし。

どこに並ぶこともなく、全てのチェックを終え、ほとんど人とすれ違うこともない?
ガランとした異様な空港を後にしました。

だんな曰く、これだけ人がいないと、かえってインフルエンザの心配もないな。。。

なるほど。笑

(帰りの出国時には、たくさん人がいましたけどね)

6年ぶりの日本だったのですが、久しぶりに会った親は
とてもちいさく感じ、年月の経過を痛感しました。

そして向こうも、私の身体がすっかりアメリカサイズへと
巨大化していたことに驚いたようです。

ショックは、きっとお互いさまだったのでしょう。。。笑

日本は初めてのダンナが、これでもかこれでもかと、
カメラ小僧と化していましたので、撮った写真の量が
はんぱでない!!

ただ今、お写真整理中です。
中にはおもしろいものもたくさんありますので
また、おいおいブログでご紹介して行こうと思います。

お休み中にも、お客様からは、励ましのお便りや、
お品到着のお知らせなど、温かいメールの数々を頂きました。
いつも、キャラメルを温かく見守ってくださるお客様方に
あらためて、お礼を申し上げます。本当に有難うございました。
これからも、宜しくお願い致します。

*左画像: 1800年代ファッションプレートや
エングレーヴィングの素敵な画。本の挿絵です。
行って参ります。
6/23まで、しばらくの間、留守に致します。
久々の里帰りのため、一足早く、夏休みを頂くキャラメルです。

みなさまにご紹介したいアイテムも、キャラメルデザインの
クローゼットにたくさん眠っております。
お休み明けの、今月末の更新も、どうぞお楽しみに。

みなさまも、お身体を大切にお過ごしくださいませ。

それでは、行って参ります!

キャラメルデザイン
サン・ワキン・バレー ~カリフォルニア・ファーム地帯~ 2
ナッツ類やフルーツなどの多くの作物が、この地帯から
全米はもとより世界中に出荷されています。


すごいなあ、とその出荷までのプロセスを想像しながら、
たくさんの農園の横を通り、こちらの、ショップへたどり着きました。


真っ赤な建物は、遠くからも目立ち、多くの旅人でにぎわっています。


このショップは、農場のオーナーが、道路わきにお店を建て、
畑でとれた作物を直売、ナッツの入ったお菓子なども
たくさん作って販売していました。



色々バラエティーあふれるお品は、全て試食が出来ます。
わたしは、いちごを試しましたが、甘くおいしかったです!



だんなは、あれもこれも、(おいおい) 嬉しそうにお試し中。
でも、お客さんみんな、思う存分試食していて、ここに
”遠慮” ”ほどほどに” という、言葉は存在していないようです。



みんな、’試食でお腹いっぱいになっちゃった~!’
なんて、にこにこ嬉しそうに話してます。笑



お店の人も、どうぞ、どうぞ、是非食べていって!!という雰囲気です。



我が家はここで、アプリコット、ミックスナッツ、ポストカードなどを購入しました。








わたしは、ショッピングよりも、お店の横から一望できる
この農場の景色と、さわやかに通り抜ける風に感動。


本当にキモチ良いなーと、そこにいるだけで、
デトックス効果では?というくらいリラックスしました。


お天気はいいし、綺麗に整備された農園の風景。


お花の栽培、葡萄、そして遠くにはオレンジ畑が見えます。


手描きの農場マップも可愛かったです。


何気なく、すみに置かれた、実際に使用中のグレインサック。


何もかも絵になるな、なんて思いました。


まさに、お百姓さんの努力のたまもの、長年の努力の結果が、
この美しい農園にあらわれているのですね。


本当に、素敵なファームでした。
サン・ワキン・バレー ~カリフォルニア・ファーム地帯~ 1
素敵なアンティークを求めて、またまた田舎を走行中。
いつも田舎のレポートですみません。ニガ笑

でも、田舎のほうが、アンティークをめぐって、
温かい人との交流や、おもしろいお話を聞けるので
わたしにとっては、大好きなルートなのです。

カリフォルニア内陸部をひたすら走ります。

この地帯は、サン・ワキン・バレーと言い、
色々な農作物の産地で有名なのです。
また、その農場の風景は、本当に息をのむほど美しく、
四季折々の農場の様子を撮った、ポストカードなども出ています。

左の画像は、ぶどう畑。

カリフォルニアならではの、フルーティなワイン、
もしくは、有名なカリフォルニア・レーズン用の苗のようです。

延々と続く葡萄畑の向こうには。。。。

3角屋根の、白いヴィクトリアン・ハウスが、まだ残っています。
この葡萄畑の地主さん宅ですね。

長年の風雨にさらされて、ハウスの木造の壁、
その白いペイントもはげかかっています。

ああ~、このお家、絶対に広い屋根裏部屋がありますね=お宝発見場所。
きっと、曾おばあさんが残した、お出かけ用のドレスやお帽子、
お人形や、手作りのリネンドイリーなどが、何十年も眠っているはず。。。
(よそ様のお宅ですよ。)

わたしの想像、いや妄想は膨らむばかりです。笑

でも、今回の仕入れは、このお宅訪問ではないので、
妄想をかかえたまま、さらに先に進みます。

色々な種類のナッツ林が現れます。

こちらの画像は、アーモンド園のようです。

以前、この道路を往復8時間、日帰りで強行ドライブした私、
あまりに眠くて、道路わきにあった人様のアーモンド園の
木の下に車を停め、思わずお昼寝をしてしまったこともあります。

静かな農園でグー。

目覚めたとき、お百姓さんが通りかかったのですが、
何も言わずに、にこっとして去っていきました。

なんだか、寝ぼけながらも不思議な感動をし、
お百姓さんにココロで感謝し、その場から出発しました。

そんなことを思い出しながらも、目は、色とりどりの
道路わきにある休憩所の看板へ。。。
色々な採れたてのフルーツやナッツ、
また、その素材を使用した自家製のパンやお菓子など
色々なおいしいものが、私を待っています!!

今回は、スナック用に、カリフォルニア・ぺスタチオを1袋購入。
軽い塩味がおいしかったです。(ガーリック味も気になりました)
おやつを食べながらも、まだまだ道中は続きます。
ビショップ ~シェラ・ネバダ山脈ふもとの町~
以前、(3/15のブログ)にて、 おいしいベーカリーのある町として
少しふれたことのある、カリフォルニア内陸部の、ちいさな町、ビショップ。

週末、1泊で行って参りました。
お天気にも恵まれ、青い空がきれいです。

ビショップは、カリフォルニアを南北に横断する
シェラネバダ山脈の東に位置します。

川や湖が多数ありますので、知る人ぞ知る、釣りのメッカ、なのです。
LAから4-5時間。遠すぎず、近すぎず、自然を満喫出来る静かな町。

実は、自然の温泉まで湧き出ているのですよ。
本当に、野原に柵も何もなく、温泉が、池のように、ただそこにあります。

ワイルドです。笑








画像は、のどかなファーム、お馬さん、古いチャーチ、
そして、頂上の雪がきれいな、雄大な山々。。。






その山のふもとにある、川の1つに、まるで手の平にのってしまいそうな
ちいさなちいさな水鳥がいました。まだベビーのようです。

ピーピーピーピー、と大騒ぎしながら、
ベビーにしては、ものすごいスピードで、
あちらこちら、川の中を堂々巡りしています。

どうやら、お母さんからはぐれてしまったようです!

これには、見ていて胸が痛みました。

湖なら、ぐるぐる周っていればまたお母さんに会えそうですが、
こちらは、なかなか流れの早い川、、、。
もたもたしていたら、大きなワシなどに連れて行かれちゃう?

捕まえるわけにも行かず、ただ見守るばかり。

でも、心配しながら見ていてわかったのは、
こんなに小さくてもなかなか賢いのです。

ちゃんとまわりを見て、葦の間に隠れたり、
中州で休んだと思ったら、急に水に入って泳いで
お母さんを呼んでみたり。。。

だんだん大丈夫に見えて来るから不思議です。
大自然の中、このコの本能が、ちゃんと守ってくれるのでしょうか。

しばらく、川辺でのんびりした後、このコの姿もどこかへ消えていました。
無事を祈って、ホテルへ帰還。

その夜は満月で、山の上に位置した月が
まるで花札のように?サマになっていました。
White Things
GW中の日本のみなさま、
いかがお過ごしでしょうか?

もう何年もGWの恩恵をあずかっていない?私ですが、
この季節は、本当にお天気も良くって、心地良いシーズンです。



最近の私は、特に変わったこともなく、
仕入れのショート・トリップに、あちらこちら、、、の毎日です。

本日、あたらしいお品を更新しました。
ホワイトカラーのアイテムがたくさんです。

一見、ホワイトといっても、その微妙なトーン、
材質、デザインとも、本当に様々です。




リネンの白、レースの白、刺繍の白、
シェルの白、ミルクガラスの白。。。。

お日様の光を受けて、本当に美しいお品たちです。





わたしは、白いレース、刺繍、細かいものは、大好きです。
息をのむような、昔の人の手作業のお品なら、尚のこと。





そして、その緊張した真っ白の世界に、ぽちっと赤い手刺繍。





この素朴さに、ほっと和んだりもします。 笑
カーンヴィル (5)
* ブログを数日さかのぼって、カーンヴィル(1)から続けてご覧いただけます。

さて、いよいよカーンでの1DAYトリップも終わりです。
山陰の場所は、かなり薄暗くなって来ました。




帰り道の途中、オニックスという小さな町を通り過ぎました。
画像は、この近辺唯一のジェネラルストア。いわゆる雑貨屋さんですね。
こちらは、1851年からある、古い古いお店です。

昔は、こういった雑貨屋さんが、郵便局代わりでしたし、
卵やミルクのデイリー食品から、パンや小麦、お砂糖、
そして農具やお洋服まで、何でも取り揃えていました。












そして、一瞬、???と思って車を思わず止めてしまった場所があります。


こちら、昔のおうちの跡なのですが、どうしてこんな姿になってしまったのか。。。



石造りの暖炉が2つ、そして、敷地のまわりにある納屋などは無事です。
雷が落ちて焼けてしまった跡なのでしょうか?











レンガや川辺の石を積み上げた暖炉から、とても大きなお家で
あったことが分かります。











グランドピアノの焼け焦げ。












キッチンのストーブも、静かにそこにあります。








石炭をくべてあったバケツの跡。。。。










のどかな一日のあとでこれは、ちょっと悲しい光景でした。




でも、なぜこうなってしまったのか?ここにいた人たちはどうしたんだろう?




と、また私の想像を果てしなく、膨らませる光景でもありました。。。








まだ西日の当たる山間に出て、農場をいくつも通り越して行きました。

行きに出会った、熱い視線の牛さんは、もうお家に戻ったようです。
カーンヴィル (4)
* ブログを数日さかのぼって、カーンヴィル(1)から続けてご覧いただけます。

さてさて、こちらは、カーンヴィルの自然風景です。

カーンヴィルの町の中心は、もともとは、この湖の底にありました。
あとからダム(湖)建設のため、町はさらに奥地へと移ったのです。

湖の水かさが低くなると、昔の町の跡が、現れるそうです!!
ビックリです!









きれいな紫色のお花が、風に揺れてきれいです。














ゴールドラッシュで、この地に移り住んだ人はいたものの、
金鉱の絶えた今、町の人々は、魚釣りにやって来る、
観光客相手のビジネスで、暮らしています。













釣りをしなくても、見ているだけでも美しい川辺でした。

ちいさなお魚が川底に透けて見えていましたよ。















じーっと川の流れを見つめていますと、
頭の中がカラッポになります。。。気持ちいいです。







ふと岩の上を見れば、てんとう虫が。。。

日が傾いて来ました。 そろそろ帰途につきましょうか。

川の流れと鳥の鳴き声しか聞こえない、のどかな山奥の春でした。
カーンヴィル (3)
* ブログをさかのぼって、カーンヴィル (1)&(2) のお話の続きです。

さて、こちは、カーンヴィル・ミュージアム、町の歴史資料館です。

西部劇風な建物です。






外にあるこの5円玉が巨大化したような、石。。。

わたしの想像ですと、石臼。穀物などをひいたものかと思うのですが、、、

真相は調べておりません。m(_)m 









こちらは、昔の郵便局の私書箱。

今のものとあまり雰囲気は変わっていないようです。












そして、キャッシュレジスター。

すごい、デコラティヴ! 豪華な模様入りです。



この他にも、昔の生活で実際に使用されたもの、
1800年代中ごろの、この地の人々の日常がわかるようなものが、
たくさん展示されていました。


おなじみ、ソーイングマシーンに、スプールキャビネット。


さて、1番したの画像は、、、何でしょう?
8角形の木製キャビネット、ミルクガラス・ハンドル付。

こちらは、ハードウエア(工具用部品入れ)だったそうです。
おもむろに、床において展示?されていますし。。。笑

ふむふむ、なんて、説明文などを読んでいましたら、突然、

ほら、クローズするから、出て行って頂戴!!

と、管理のおじいさん元気に登場! まだ4時ですが、閉館時間でした。涙

明日、早く来たら、特別にオープン前に入館させてあげるから。

って、おじいさん。 開館時間無視ですか? 笑
カーンヴィル (2)
* ブログをさかのぼって、カーンヴィル (1)からのお話の続きです。



砂漠を超え、丘を超え、山を越えて、湖を超え、
山間のきれいな川沿いにある町、カーンヴィルに到着しました。
2時間くらいのドライブにしては、かなり地形に変化がある道のりでした。



学校のグラウンドを一周するくらいのノリの、ちいさな町の中心です。



20件のお店があるかないかです。

そして、そのうちの半分は、アンティークショップ!

さらに、そのうちの数件は、お休み。
(田舎のショップは、いつもこんな感じ。。。)

そして、残りも午後4時30分には、閉店時間!!


夏時間で日も高いのですから、がんばろうよ~と思う
私のココロとはうらはらに、のんきなショップ・オーナーさんたちは
のんびり新聞を読んだり、近所の何々さんが、具合悪いらしいよ、
なんて電話で話していたり、のどかな村の一日という感じです。



通りの建物は、西部劇に出てきそうな古い印象です。



この町の中心は、1848年に、もっと川の下流にあった集落が
ダム建設で、この上流に移ります。

ゴールド(金鉱)が発見され、全米のみならず、
世界中からカリフォルニアへ人々が殺到した
カリフォルニア・ゴールドラッシュと同じ時期です。

この町付近でも、地元でウィスキーが生産され、バーが並び、
金鉱発掘作業で疲れた一攫千金を夢見る、男の人たちののどを潤したそうです。



今でも、町を流れるカーン・リバーでは、川の中に多少のゴールドが
残っているらしく、金鉱発掘作業の権利を売買したりしているようです。
(あまり、残ってはいないでしょうが。。。)




三角屋根で、きれいに修復された昔のおうちがありました。
背景になる山が印象的でした。こちらは、きっと100年以上前から
変わっていない景色なのでしょう。








リバーサイドには、B&B ベッド&ブレックファストもあるようです。





しーんと、しずかな空気の中、青い空がきれいです。





これから、地元の資料館と、川辺を回っていきます。 
カーンヴィル (1)
週末に砂漠を超え、人口2000人足らずのちいさな山間の町、
カーンヴィルへ向かいました。予定では、車で2時間くらいで到着のはず。

カーンヴィルは、カリフォルニアを南北に連なる、
シェラ・ネヴァダ山脈の南に位置します。

1845-46にかけて、東より大陸横断してきた、
カーンさんという写真家がこの地に定住し、
カーンヴィルという名前が付きました。←そのまんま。

その後、カリフォルニア・ゴールドラッシュ、ダム建設のための町の移転、
などなどを繰り返し、今も、山間にひっそりとあるちいさな町。
それが、カーンヴィルです。

画像は、まだまだ砂漠の道中ですが、ポツポツと、
ゴーストタウンがいたるところに見られます!
すべて、ゴールドラッシュ時に出来た、ちいさな集落の名残です。
今は誰もいません。。。。と、思っていたら、

そのうちの1つの町ごと全部を買い取って、移り住んだ方が
います! 誰もいない空き家が10件くらい並ぶ土地を退職後
購入し、今はアンティークショップ経営している方がいました!

外には、なんと昔の馬車まで停まっています!
お店は、ヴィクトリアンの家具が中心でした。



さらに進んでいきますと、壊れかかったバーンなども見えます。



砂漠を終え、山の中に入って行きます。平らな土地は
すべてファームで、牛さんもたくさん、たくさんいました。


あといくつ山を越えたら到着するのか、、、。


カーブの多い道に、ちょっと運転酔いしそうなのをガマン!
しながら進みます。


あんた、何見てるのよ!!

と、この牛さんに言われたような気がしました。
(本当に、すごい視線でじいーっと見つめられたのです。。。)笑

次回は、カーンヴィルのちいさな町の様子をご紹介します。
リトル・レッド・スクールハウス
本日は、ダンナの父の船が停泊しているハーバーまで
山を越えて、行ってまいりました。

いいお天気でクルージング!!というわけでもなく、
お船のメインテナンスの手伝でやって来たダンナです。

実際、とても風の強い日で、ハーバーに停泊している船は
みんなお休みモード。たまに、ヨットなどが行きかうくらい。
あまり、人気もありませんでした。


義母もわたしも、ボケーッとその辺を歩いたり、
早く彼ら終わらないかしら?なんて感じで、待つこと数時間。

ランチを食べたり、結局午後になり、全て終わりました。






日のあるうちに帰れるから、山間のフルーツスタンド(フルーツの直売店)
へ行こうね!と、まるでそれだけが楽しみで、ついてきたのか?
と、思わず自問してしまうような私ですが、意気揚々と帰途につきます。




オレンジ畑の中を走っていきます。




のどかな農場や、パームツリーの栽培!(カリフォルニアらしいです)
をしている土地などを横目に、何軒もある、フルーツスタンドの
中から、今日はここにしよう。と車を停めます。








こちらのお店の裏は、全て広大なるオレンジ畑です。
畑から続いて、オレンジを計ったり、箱につめていくコーナーがあり、
その前にお店を構えています。


まさに、摘みたてがどんどんお店に並んでいきます。


ボコボコと大きなオレンジや、グレープフルーツの入ったダンボール箱。


ダンボール1箱、6ドルと表示されています。


グレープフルーツ12個くらいは入っていそうですね。
オレンジなら2ダース、24個はあるでしょう。


こんなにいらないよ~~~、と嬉しい悲鳴をあげながら
結構、買っちゃってる、お客さんたち。笑


わたしたちは、ポテト、アボカド、ズッキーニ、そして、たくさんのイチゴをゲットしました。




でも、何よりもカラッと晴れたお天気、そしてフルーツ畑に囲まれた
豊かな土地の空気を吸っているだけで、元気が出で来るようです。



大量に積まれている古ぼけた木箱たち。

オレンジの収穫用の箱のようです。








お店の横には、ベンチなどもあり、バラやラベンダー、
色とりどりのお花のコーナーもありました。
ここで、買ったばかりのフルーツを
おやつに食べているファミリーもいます。






買い物を終え、車の中、フルーツの匂いが広まって、
まるで、アロマセラピー状態!?で、上機嫌で道を進みます。











あっ!と叫んでいるうちに、過ぎてしまう景色ってありますよね。






ここを通る度に、あっ!と叫び、いつも通り越してしまっていた、
赤いヴィクトリアンの建物へ。前から、可愛いな~っと思っていた
ちいさな建物です。





正式名をサンタ・クララ・スクールハウスという、この建物は、
その昔、この近辺の農家の方々が、子供たちに、きちんとした学校を!
と希望して建てられたものです。1879年が始まりだそうです。



最初は、ちいさな1つの教室に、学年もバラバラな子供たちが一緒に
お勉強をしたそうです。寒い日でも、(靴がなく)裸足で歩いて登校する
子供たちもいたそうです。 

この学校最初の先生は、ミス・セワード、という女の先生だったそうです。


赤毛のアンとか、大草原の小さなおうちのローラの行った学校
みたいだったのでしょうか。



1896年に、現在のこの可愛いベルタワー付の建物が完成します。




オレンジ畑の広がる山間にある、赤い可愛い学校。




ヴィクトリアン・チルドレンたちが、地元のおさななじみたちと通った学校。




そして、現在も、たくさんの小学生たちが、
このリトル・レッド・スクールハウス(通称)へ
昔と変わらず、毎日通っています。

今でもシッカリ現役の小学校でした。 なんだか、嬉しい!笑
ちょっと日本
太平洋側のカリフォルニアに来て、あらためて思うのは、
内陸部と違い、本当に世界中のものが溢れています。

もちろん、日本からのものもたくさん見つかります。

1800年代にお船に揺られてやって来た、最初の日系一世たち。
うちのダンナは、半分日系で、日系4なります。
一体最初の先祖はいつ来たのか!??

東海岸と違い、歴史が浅いこちら西海岸。
カリフォルニアで、5代、6代、と古い家系はそうありません。

彼らは、日本だけでもない、また白人社会のまねでもない、
彼ら独自の文化・歴史をこの新天地で築いてきました。

もちろん、戦争時の激しい差別・強制収容所での4年間の生活にも耐え、
この土地でのカッコたる地盤を築いて来たのです。

そういった日系人の先輩たちのお陰で、後からやって来たわたしたちには、
とても居心地の良い場所、それがカリフォルニア州です。

今更、しみじみ、先人たちに対して、”ありがたい”と思います。

ヘイワは、一夜にして築かれたわけではないのですね。

画像は、ひょんな縁で、わたしのおうちにやって来てくれた
日本のお裁縫箱です。針山がコンパクトに収納可能なところが
気に入っています。鉄の金具使いも素敵。

ムルベリー(桑の木)で作られています。また、釘は使用されていないで
竹で出来た芯が、箱を支えています。明治頃のものと聞きました。

お隣にいるのは、市松人形。ジャンボ市松さんになると
わたしは、ドキッとしてしまうのですが、こちらは、
なんだか穏やかなイメージで、大きさもそれほどではありません。

お顔は、しっとりと落ち着いた感じのお嬢さん。

いずれ、日本へ里帰出来たら、と思っています。
Earth Hour
Earth Hour: グローバル・ウォーミングの危機感・認識を広めるための、
世界各地での今日の行動。

”電灯を消して1時間過ごしましょう”

わたしも、アメリカ時間土曜日の夜8:30-9:30まで、明かりを消しました。

アメリカも、地球温暖化で、アラスカなどでは
氷河がどんどんとけていますし、やっと危機感が出てきたようです。

でも、クリスマスになると、町中イルミネーションがあふれ、
個人宅でも、まるで、はりきったパチンコ屋さんみたいに、すごい
ライトアップの飾りをする方が毎年、テレビで放映されています。

季節ごとの行事は、見ていて嬉しいものですが。。。
苦しい矛盾を暗闇の中、考えてしまいました。ニガ笑

外では、電灯がついていようがいまいが、
猫が、ナオ~~~ン。。。
とセクシーな声を出し、恋人を探しております。。。